2026.10.01
時事問題
こんにちは。
明倫ゼミナール中学受験コースです。
台風25号がもたらした豪雨により、
千葉県の印旛沼の堤防が決壊し、
広い範囲の住宅地や農地に
被害が及びました。
江戸時代の歴史を習った受験生は、
印旛沼を干拓事業の地として
習いました。
名字に「沼」の字を持つ老中が
大規模な干拓事業を手掛けたのでしたね。
大昔の印旛沼は海とつながる入り江になっていて、霞ヶ浦ともつながっていたそうです。
昔から人々が暮らしていて
縄文時代や弥生時代の遺跡も
数多く発見されています。
利根川や鬼怒川の運ぶ土砂によって
入り江の入り口がふさがれ
沼になったということです。
利根川は日本三大暴れ川として習いましたね。
もともと利根川は江戸湾(東京湾)に流れ込む河川でしたが、
その利根川が起こす洪水から都市を守るために、
徳川家康からはじめ約60年かけて、
今のような銚子に向かい太平洋(鹿島灘)へ流れるようにしました。
現在の印旛沼は、
西沼と北沼の2つに分かれていますが、
もともとはつながっていました。
北沼の方は江戸時代の前から
利根川につながっていました。
利根川の水量が少ない時は良いのですが、
多くなると印旛沼に逆流します。
逆流した水を別の場所に流すため、
西沼から江戸湾に水を流す工事が
江戸時代に何度も行われました。
しかし難工事のためうまくいきませんでした。
現在は、
西沼は花見川とつながっていて、
東京湾に流れています。
太平洋戦争の後、
食糧難を改善するため、
印旛沼の干拓事業が進められ、
後に工業地域への水資源確保や
人口増加による住宅地確保などを目的に利根川や印旛沼の整備事業が行われました。
昭和の時代に洪水を克服したに見えた印旛沼で、
再び大規模な水害が発生したことで、
被害にあわれた方だけでなく、
多くの人を驚かせました。
やってみよう!
1 海で生息する貝の殻が
印旛沼周辺で発見されている。
縄文時代の人々が、
貝がらや骨などを捨てていた
場所(遺跡)を何というか、
漢字2文字で書きなさい。
2 利根川が暴れ川だったことで
つけられた別称を漢字で書きなさい。
3 文中にある江戸時代の
老中の名前を漢字で書きなさい。
4 利根川下流域では、
台風による被害を避けるため、
台風シーズン前に刈り取るように
米づくりをしている。
そのような米を何と言うか
漢字で書きなさい。
5 「干拓」について、
正しく説明しているものを
選びなさい。
ア 海や湖を土砂で埋め立てて
農地を増やすこと。
イ 堤防で水が流れこまない
ようにして水を干しあげ
農地を増やすこと。
ウ 河川の流れを変えて、
川の流れていた土地を
農地にすること。
エ 洪水で運ばれた土砂を集めて
高い土地をつくり
農地とすること。
答え
1 貝塚
2 坂東太郎
筑紫次郎=筑後川
四国三郎=吉野川
3 田沼意次
水野忠邦も干拓事業に
携わっている。
4 早場米(はやばまい)
5 イ
アは埋め立てで工場用地を
つくる場合