私立中学受験科ブログ

ラジオ放送が始まって100年

こんにちは。

明倫ゼミナール中学受験コースです。

今年も地震や豪雨などによる被害が起こっています。

9月26日は死者・行方不明者を5000人以上出した伊勢湾台風が上陸した日です。

1959年のことです。

台風は進路予測ができるので、早く正確な情報を得ることで避けられる被害でもあります。

NTTドコモ モバイル社会研究所によると、

携帯電話所有者のスマートフォン比率は98%とのことですから、

多くの人がスマートフォンで情報集めをしていると思います。

そんな世の中ですが、

「災害時にはラジオが強い」と言われます。

通信基地局が被害を受けていたり、

回線が混雑して使いにくくなっていたり、

停電でスマートフォンの充電ができなくなったりということがあります。

ラジオの場合は電波が届く限り情報を受信できます。

停電であっても乾電池で動かすこともできますし、

災害時の使用を想定して手回し充電の機能付のものもあります。
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さて、そのラジオ放送が始まって2025年は100年になります。

1925年7月12日に東京都港区の愛宕山で放送が始まりました。

愛宕山は標高25.7メートルの山と呼ぶには小さなもので、

現在は高層ビルに囲まれており、見晴らしはよくありませんが、

かつては遠くを見渡せる展望地だったのです。

山頂には愛宕神社やNHK放送博物館があります。

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東京放送局の初代総裁は後藤新平でした。

後藤新平は愛知県医学校(現名古屋大学医学部)の学校長を務めた人でもあります。

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NHK放送博物館に展示されている後藤新平像。

後藤新平は仮放送が始まった時、ラジオ放送東京放送局初代総裁として挨拶をし、

放送の機能として「文化の機会均等」「家庭生活の革新」「教育の社会化」「経済活動の敏活」

と紹介したそうです。

大まかに言うと、

放送によって都市部と地方の文化的な差はなくなり、

家庭にいながら情報を得たり、音楽や娯楽を楽しんだりして生活が豊かになり、

学校教育だけでなく大人も子どもも学べる環境となり、

市場の状況や商品情報などを伝えることで経済活動が活発になるという意味です。

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やってみよう!

1 ラジオ放送が始まった1925年のできごとを次から選びなさい。

  ア 第一次世界大戦終結  イ 治安維持法成立  ウ 満州事変  エ 真珠湾攻撃

2 ラジオ放送を始めようとしたきっかけとして最もふさわしい事件を選びなさい。

  ア 関東大震災  イ 満州事変  ウ 日中戦争  エ 太平洋戦争

3 後藤新平は南満州鉄道の初代総裁でもあった。

 南満州鉄道の権益が日本のものになった条約は次のどれか答えなさい。

  ア 下関条約  イ ポーツマス条約  ウ ベルサイユ条約  エ ポツダム宣言

4 ラジオ放送が始まった頃のこととして誤っているものを選びなさい。

  ア 放送当時のラジオは受話器から音声を聞いた。

  イ 放送当時のラジオ放送は有料だった。

  ウ 仮放送の第一声は「アー、アー、聞こえますか?」だった。

  エ 一般家庭のラジオは性能が悪く、多くの電力が必要だった。

5 1925年のラジオ放送は三大都市圏からの放送だった。

  次のうち三大都市圏に含まれない都市を2つ選びなさい。

  ア 東京 イ 名古屋 ウ 大阪 エ 広島 オ 福岡


答え

1 イ

2 ア  1923年

3 イ

4 エ  鉱石ラジオは電源を必要としない。

5 エ オ

2025年9月

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